逆SEOとは

「逆SEO」(ぎゃくエスイーオー)とは、インターネットにおいて、悪質なサイトを目立たないようにするための対策だ。個人や会社の名前で検索したときの順位を下げる取り組みである。

ネットの残念な現実

残念ながら世の中には、「侮辱・誹謗中傷」「虚偽・捏造」とった犯罪的・反社会的な言動を伴うWEBサイトが山ほどある。「成りすまし・乗っ取り」「個人情報の暴露」も日常茶飯事だ。海外のサーバーにアップされている悪徳サイトも大量にあり、その多くのが事実上、放置されたままだ。

放置される悪質サイトへの対抗手段

自分の名前や会社名を検索したときに、こうしたサイトが出てきたらたまったものではない。 とくに検索の1ページ目に出てしまったらたいへんだ。 会社や個人の評判が台無しになりかねない。 しかし、行政や法律家に助けを求めても「お手上げ」状態となる場合も多い。 そうしたときの自衛策として、悪徳サイトを2ページ目以降へと後退させるのが、逆SEOである。 つまり、中傷や成りすましなどの被害から身を守る「正当防衛」行為である。

正々堂々と、有益な情報を発信

逆SEO対策において、注意しなきゃいけないのは、そのやり方だ。 我々(WEB広報)が考える逆SEOとは、 正々堂々と、有益な情報を発信することで、 検索結果を「ましな方向」「正常な方向」へと導いていくものだ。 つまり「まともなサイト」を自分たちの手で作り、検索の上位に送り込む。 真っ当なサイトが検索ランキングの上位に進出すれば、結果として、悪徳サイトの順位は下がる。

ひと様の役に立つサイト作り

正しいルールやマナーに乗っとって、良質なコンテンツを検索エンジンの1ページ目や2ページ目へと送り込む。 多くの人たちに役に立つ「グッド・サイト」の創作に励むことで、 悪質サイトを駆逐するのである。 成功のカギを握るのは、一般的なSEOと同じように、徹底的なコンテンツ重視とユーザー目線だ。 王道を外さない限り、検索エンジンを含む第三者から文句を言われる筋合いのものでもない。

邪道は通用しない

中にはルール違反の「禁じ手」を使う逆SEO業者もあるのかも知れないが、 それは、最終的にうまくいかない。 仮に瞬間的に成功することがあっても、順位がキープできない。 検索エンジンはバカではない。

真っ当なネット言論活動

結論としては、逆SEOとは「真っ当なネット言論活動」「真摯な創作活動」を通じて、検索結果の改善を図る営みである。 「裏技による検索結果のかく乱」ではない。





逆SEOで誹謗中傷サイトの順位を下げる

逆SEOで安心のネットライフ/検索をビジネスの味方に

逆SEO対策とは 方法個人名法人名検索順位における「リンク」評価の歴史初期の検索エンジン) | 日の丸検索エンジンの失敗

逆SEO対策とは検索順位を「下げる」対策

逆SEO(ぎゃくエスイーオー)とは、特定のサイトの検索順位を下げるための技術的な取り組みです。 通常のSEOは、特定のサイトの検索順位を「上げる」ことを目的としますが、逆SEO対策では順位を「下げる」ことがゴールとなります。 下げる対象となるのは、各種の悪徳サイトです。 例えば、誹謗中傷や個人情報などが書かれたSNS、 差別や偏見を助長する「ヘイトサイト」、 公式サイトを丸ごと盗用して無関係な詐欺行為へと誘導する「成りすましサイト(フェイクサイト)」などです。 これらのサイトが、大勢の人の目につかないようにします。 個人のプライバシーや名誉を守るための自衛策であり、企業にとってもネット時代における重要な広報業務の一つになっています。

誹謗中傷対策

インターネット上で誹謗中傷されたときは、 本来であれば、速やかにサイトやページが削除されるのがベストでしょう。 重大な名誉毀損やプライバシー侵害に該当するような画像等も、「即削除」が望ましいことは言うまでもありません。

削除依頼に応じないサイト

しかし、実際には、削除依頼に応じないサイト管理者が多いのが現実です。 とくに海外で運営されているSNSは、被害者の要請を無視することが多々あります。 国内サイトであっても、企業や著名人に対する中傷は「言論の自由」などの理由で削除を拒否されがちです。

削除が難しいとき

削除できない場合に、その次善策として中傷サイトをなるべく目立たないようにする対策が、逆SEOです。 逆SEOでネガティブなサイトの検索順位を大きく下げることができれば、風評被害の拡散を食い止めることにつながります。

検索結果の「質」を向上させる

逆SEOでは、悪質なデマや中傷、個人情報の暴露などの低俗なコンテンツを1、2ページ目から排除していいきます。 社名検索や名前検索の上位を、知性・理性・感性に働きかけるプロダクティブな内容で埋めていき、検索結果の「質」を向上させます。 企業にとっては、レピュテーションやブランド力の改善につながります。

多様性の創造

近年の逆SEOにおいて、重要性が高まっているのが、対策用サイトの「多様性」の確保です。 Google等の検索エンジンは長年にわたり、「量の重視」から「質の重視」への転換を進めてきました。 最近は、この「質」をめぐる価値基準が多様化し、結果として、検索ランキングにもユーザーの多様なニーズにこたえるための「バランス」が求められるようになっています。 つまり、似たようなコンテンツやサイトを大量につくっても、それらで1ページ目を埋め尽くすのは困難になっています。 大事なのは、「唯一無二の存在意義」を持った高品質コンテンツを、一つ一つ創造してくことです。

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方法

逆SEO対策では通常、まず複数のWEBサイト・WEBページ等を作成します。 コンテンツ(内容)は多岐にわたりますが、いずれも検索ワードと関連性が高いものが基本となります。 そのうえで、作成した各ページに対してSEO対策を施し、検索結果の上位に表示させます。 結果として、誹謗中傷サイトの順位を押し下げていきます。

存在意義が大きいサイトを

上述の通り、逆SEOで複数のページを上位表示させるためには、 それぞれのページが独自固有の「価値」を持っていなければなりません。 価値のないページは、Google等の検索エンジンから評価されないからです。 例えば、一般の検索ユーザーの疑問にこたえたり、利便性を向上させたり、何らかの「役に立つ」コンテンツを提供する必要があります。 しかも、他のサイトにない独自性が求められます。

検索コミュニティの貢献度

つまり、それぞれのサイトが、検索コミュニティに対して貢献しなければならないということです。 多数の検索ユーザーの知的ニーズにこたえ、しっかりと熟読されるWEBページは、おのずから順位が上昇していきます。

「Entity(エンティティ)」の評価を高める

また、現在のGooge等のアルゴリズムは、 「Entity」(情報発信主体)の信頼度を重視しています。 SEOや逆SEO対策を行う際にも、「Entity」自体の評価を高めることが重要になります。 有益なコンテンツを発信し、長時間の閲覧時間を確保することで、その発信元のEntityに対する検索エンジンからの信頼度が高まります。 これが、誹謗中傷対策の面でも大きな効果を発揮します。

メンション(言及)や参照元

また、検索エンジンからの評価が高いサイトから、 「Entity」がメンション(言及)されたり、参照元として明記されることも、検索対策として効果的です。 これは、Google創業者であるラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏が大学院時代に検索エンジン開発に着手したときのベースとなるコンセプトでもありました。 ヤラセのリンクやお金で不当に買い取ったような不自然なリンクでなく、社会的な存在意義の高い組織・個人から「有意義な情報源」として明示されることが、そのサイトの信頼度の向上につながる、ということです。 この「信頼度」という考え方は、現在も、各検索エンジンの評価基準の一つとして取り入れられています。

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効果が持続する対策を

中傷サイトの順位が下がった後は?

逆SEO対策によって誹謗中傷サイトの検索順位がいったん下がっても、順位が再び浮上してしまっては元も子もありません。 再上昇を防ぐためには、耐久性・持続性の高い対策サイトを作っておく必要があります。 優れた内容のコンテンツを仕上げておけば、対策終了後も長期にわたって順位を安定させることが可能となります。 すなわち、効果の持続性の面においても、コンテンツのクオリティーの高さが決定打になる、ということです。

AIの文章は極めて軟弱

コンテンツが貧弱だったり、ネットユーザーから満足を得られなかったりすると、時間の経過とともにSEO効果が薄れていってしまいます。また、チャットGPT(ChatGPT)などのAIが自動生成したような文章も、日数が経過すると順位が下がる場合が多いです。その理由は、AIが書く文章には、独自性が全くないからです。誰でも簡単に出力できるコンテンツなので、価値もありません。

一般的な情報サイトとの差別化

誰もが利用するような一般的な情報サイトとの差別化も大事です。 例えばWikipediaには、当たり障りのないことしか記載されません。 「実体験」や「評価・感想」にまで踏み込んだコンテンツを作ることで、存在意義が高まり、長期間にわたって検索上位にとどまることが可能となります。

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逆SEOをしながら削除

削除まで日数がかかる場合

逆SEOは、中傷サイトの削除に時間がかかりそうなときの「応急措置」としても有効です。

「法的解決まで待てない」

SNS、掲示板、ブログの記事の削除は、警察や弁護士などの力を借りたとしても、相当の日数がかかる場合が多いです。 とくに裁判で争うことになった場合には長い年月がかかります。 削除に至るまでに、風評被害が拡大し続けてしまうことになりかねません。

まず検索1ページ目から排除

削除要請の準備や手続きをしている間は、とりあえず、逆SEOによって誹謗中傷サイトの順位を押し下げていくことが望ましいといえます。中傷サイトを3、4ページ目以降に後退させ、その間に削除の手続きを進めれば、中傷によるダメージを減らすことができます。

レピュテーション対策として

法人の逆SEOの場合、中傷サイトが最終的に削除されたとしても、それまでの逆SEOが無意味になるわけではありません。 逆SEOの一環として作成されたサイト群は、 将来にわたってレピュテーション対策や広報活動としての効果が期待できます。 新たに中傷サイトが出現した場合の予防にもなります。

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個人名の逆SEO

自分の名前の検索結果

初対面の人と面談・商談をするとき、 その人の名前を事前にネットで検索するのは、 今や当たり前の行為です。 その人のプロフィール等を把握し、 世間での悪評や炎上歴がないか等をチェックすることは、 最低限のリスクマネジメントです。

就活・転職

こうした「名前検索」は、 例えば企業の採用担当者であれば必ず行っていることであり、 就活中の学生や転職希望のビジネスパーソンにとっても極めて重要です。

エゴサーチは当たり前

ネットには嘘やデマも多いですが、 事実でなくても、書かれているだけでイメージ的にマイナスになります。 一般個人も定期的にエゴサーチを行い、 不愉快な内容が上位に出てきたら逆SEO対策を検討する時代になっているということです。

個人情報の範囲

過去の「破産」や「逮捕」も

個人が削除を進める際に、 焦点の一つになるのが個人の「プライバシー」の範囲です。 プライバシー保護の対象となるのは、氏名、住所、写真等だけとは限りません。 人に知られたくない過去の黒歴史も、プライバシーに含まれる場合が多いです。 例えば、自己破産の履歴や過去の逮捕歴・前科は典型的なネガティブ情報です。 これらも、一定の期間が経過した後は、原則として「個人情報」に含まれるというのが一般的な考え方です。 しかし、簡単に削除できない場合も多いです。 予算があるなら、とりあえず逆SEOで対応するのも一つの手です。

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会社名(法人名)の逆SEO

会社名を守る

ネット社会において、企業はあらゆる人たちにネットで会社名を検索されています。 社名検索の1ページ目にどのようなサイトがあるかによって、企業のイメージが大きく左右されます。 いきなりネガティブなサイトが出てくると、営業上、極めて大きな損害となります。 就活生もさっさと逃げ出すでしょう。 風評被害や悪評の拡散を防ぐためにも、逆SEOは広報上の必須業務の一つだと言えます。

検索1ページ目を改善

検索結果の1ページ目でしっかりと会社をPRすることができれば、 ブランドイメージの向上や取引拡大のチャンスが広がります。 当社(WEB広報)の逆SEOでは、 オウンドメディア、情報メディア、SNS等を組み合わせながら、 検索上位をポジティブな顔ぶれへと入れ替えていきます。 私たちはこれを、「検索ポートフォリオ対策」と呼んでいます。

「裏技」から「本質」の時代

近年、SEOは「裏技」から「本質」の時代へと大きく転換しました。 Google等の検索エンジンが、リンクなどの技術面より、 「サイトの中身」「検索ユーザーから支持率」などを圧倒的に重視するようになったためです。 いかに意義深い内容の文章を書き、見やすいように配置・表示するかが、最も重要になっています。

とりわけ法人名の対策は中身勝負

とりわけ法人名の検索対策は、掲載されている文章の有益性が、厳しい視点で問われます。 会社の宣伝のような内容ばかりでは上位を埋めることはできないばかりか、かえって炎上を引き起こします。 公平な第三者的立場から見て「読んでためになる」「役に立つ」コンテンツを発信していくことが欠かせません。

ドメインの貢献度

対策で使用する「ドメイン」の価値も、検索ポートフォリオ改善の成否を左右するファクターです。 圧倒的に支持され、長期にわたって愛され続けるページ群を備えたドメインは、 とりわけ法人名で上位進出を図るうえで強力な武器になります。

作家性

ドメイン強化策も、オタク的な技術力よりも、作家性や構想力・構成力が問われます。 リンクやタグなどの技術的な問題よりも、「一つの文章、あるいはアート作品としてWEBページにどれだけ価値があるか」という観点でドメイン価値を高めるべきです。

重層ドメイン(マルチドメイン)時代

いずれにせよ、逆SEOにおいて重層ドメイン(マルチドメイン)の活用は必須です。 現在のネット社会にいては、業種を問わず、多くの企業が複数のドメインを運用する必要に迫られています。 Googleなどの主要な検索エンジンでは、数個のドメインだけで検索上位を占めることが事実上、不可能だからです。 自社で複数のドメインを持ち、しっかりと運用していれば、社名検索において3、4位以降も自社のサイトで埋めることができます。 私共、WEB広報では、マルチドメイン方式による多層的なメディア網の構築を提案しています。

評判、口コミ

また、会社名単独での検索に加えて、「評判」などのキーワードを組み合わせた検索の対策もたいへん重要です。 例えば「社名+評判」で検索したとき、 例えば悪質なライバル企業が捏造したような偽口コミ等が表示されていると、 イメージダウンへと直結します。

複合キーワード対策

このような「複合キーワード」での逆SEOは、単一ワードでの対策よりもはかるかに難易度が高くなります。 当社のように長年の実績が専門業者にご依頼いただくことが不可欠といえるでしょう。

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逆SEOとペナルティ

スパム的なやり方はNG

スパム行為的なやり方で逆SEO対策を進めると、Googleなどの検索エンジンから、ペナルティを科されるます。 とくに、価値の低いSNSアカウントやブログを大量に作ったり、無意味なリンクを一斉に貼ったりするような行為は、 制裁の対象になりやすいです。

「もみ消し」でなく

企業などが逆SEOを行うにあたっては、誹謗中傷を「もみ消す」という発想ではなく、事実をより正確に伝えるという姿勢が大切になります。 つまり、あくまで広報活動の一環として、事実に基づく情報をネット上で積極的に提示し、消費者の皆様などに理解を求めるというスタンスです。 通常のPR活動やコンプライアンスのルールを逸脱することなく、真っ当な言論活動の一環としてSEO・逆SEOを展開するのであれば、検索エンジンからペナルティを科されることもありません。

ネガティブSEOとの違い

ネガティブSEOとは

逆SEOと似たような言葉に、「ネガティブSEO」というものがあります。 これは、企業などが同業他社のサイトの検索順位を、意図的に引き下げる対策のことです。

倫理的に問題あり

「逆SEO対策」が自分たちについての不当な誹謗中傷サイトを引き下げる「防衛策」であるのに対して、 ネガティブSEOは、他サイトに対して「攻撃」を仕掛ける行為です。倫理的にもコンプライアンス的にも重大な問題があります。 当社では、ネガティブSEO対策のような攻撃型のサービスは一切提供しておりません。

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【SEO史トピック】Google検索順位と「リンクの死」

私たち(株式会社WEB広報)は、検索対策において最も重要なのは、「コンテンツの価値」だと考えております。 これまで様々な「メジャーキーワード」「ビッグキーワード」において検索上位表示を達成し、 多数の国民の皆様にサイトをご愛用いただいてきた経験から得た一つの結論です。
この経験則は、Google等の検索エンジンの歴史的な流れとも合致しています。 検索順位の決定方式において、当初は「リンク」が大きな意義を持ちましたが、近年、その重要性は著しく低下しました。 そこにいたるまでの歴史を振り返ってみましょう。


検索エンジンに起きた革命

共同創業者ラリー・ペイジの「着眼点」

検索エンジンの歴史において最も重要な組織は、米Googleです。 このGoogle創業の原点は、スタンフォード大学の寮で生まれた「ある問い」にありました。 インターネット黎明期の1996年、博士課程に在籍していた学生のラリー・ペイジは、 ウェブページ同士を結ぶ「リンク(Hyperlink)」の構造に注目しました。 彼が掲げた研究テーマは「デジタル図書館プロジェクト」。 「ウェブ上の全てのサイトをダウンロードし、リンクのつながりだけを抽出したらどうなるか?」という学術的な探求心から、同じ寮に住むセルゲイ・ブリンと共に研究プロジェクトを始めました。

仮説:人気サイトからのリンクは「投票」である

ペイジは、学術論文の世界において定着している「引用数が多い論文は優れている」との評価軸を、ウェブに応用するという発想を抱きました。つまり、「あるページへのリンクは、他者からの『支持投票』とみなせるのではないか?」という仮説です。「多くのサイトからリンクされているページは良質な情報である可能性が高い」というわけです。
しかも、リンクの数の多さでなく、「すでに人気のある信頼性の高いサイト」からリンクされていることが重視されるべき、というアイデアも同時に掲げました。
これは、「キーワードの出現回数」などの短絡的な基準に頼っていた初期の検索エンジンの常識の一歩も二歩も先を行く発想でした。

システム名「PageRank(ページランク)」

この仮説に基づき、ペイジとブリンは、ウェブページの重要度を測るアルゴリズムを構築しました。 このアルゴリズムは、ページの順位(ランク)とラリー・ペイジの名を掛けて「PageRank(ページランク)」と名付けられました。 1997年秋、この技術を搭載した検索エンジンに「Google」という名前が与えられ、 スタンフォード大学の学内ネットワークで公開されると、瞬く間に学生たちから絶大な支持を得ました。

当時の「検索の常識」とは?

Googleが登場する以前、インターネットの世界は「群雄割拠」の状態であり、多くの企業が覇権を争っていましたが、ユーザーは「探したい情報が見つからない」というストレスを抱えていました。 Googleが「PageRank(ページランク)」という革命を起こす直前、世界にはどのような検索エンジンが存在していたのか、見てみましょう。以下は、主要なプレイヤーの一覧です。


初期(黎明期)の検索エンジンの一覧(1990年代半ば~2000年代初頭)

ヤフーアルタビスタウェブクローラーインフォシークエキサイトインクトゥミ千里眼(日本)オーディン(日本)ライコスマゼランノーザンライトHotBotgoo(グー)(日本)フレッシュアイテオマMSNサーチA9アスク・ジーブスオールザウェブオーバーチュアドッグパイル

<黎明期の主な検索エンジン・検索サービス>
名称 概要
ヤフー
(Yahoo)
(米国)
初期の検索エンジン競争において、人間が手動で作る「登録型(ディレクトリ型)検索エンジン」の代表格になった。

■ ●人間が手動でつくる検索エンジン
インターネット黎明期の検索エンジンには「登録型(ディレクトリ型)」と「ロボット型」があった。登録型は、HP開設者の登録依頼や、サーチャーと呼ばれる人間が探してくるHPを、人為的にカテゴリー編集したもの。したがって、検索リストは厳選され、ヒットする情報の当たり外れが少ない。一般的な調べものをするには最適で、登録型の代表であるヤフーは、米国や日本で断トツのページビューを誇った。

■ ●歴史
スタンフォード大学院の博士課程(電気工学科)の2人の学生(ジェリー・ヤン&デビッド・ファイロ)が開発。   2人が1994年4月に公開した個人的なリンク集が原型となった。  

1995年春に会社「ヤフー」設立。サービスを開始した。   1995年4月に米カリフォルニア州サンノゼ市で開かれた展示会「インターネットワールド95」で最優秀賞を獲得した。

ヤフーは「登録型」だけでなく、「ロボット型」の検索サービスも提供していたが、 こちらのシステムは自社製でなく、別の会社の「アルタビスタ」のエンジンを採用した。 1998年に「インクトゥミ」のエンジンに切り替えた。さらに2000年からは「Google」を採用した。  

■ ●時代遅れに
ヤフーの登録型検索エンジンは、わずか数年で時代遅れになった。2001年3月7日、米国ヤフーの四半期の純利益はほぼゼロになった。それまでヤフーの成長に貢献してきたティム・クーグル会長兼CEOが辞任に追い込まれた。  

独自の検索エンジン技術を「YST」と名付け、開発を強化した。しかし、Googleとの差は開く一方だった。最終的に自前の検索エンジンを断念し、マイクロソフトのBingを取り入れた。  

■ ●日本のヤフーはbingを避け、Googleと一体化
ソフトバンクの孫正義社長が率いるヤフージャパンは、マイクロソフト製エンジンの採用を拒否。米国とは逆に、Googleのエンジンに切り替えるという「超ウルトラC」の選択をした。このときBingを採用していたが、ヤフージャパンは一気に衰退していただろう。
アルタビスタ
(AltaVista)
(米国)
当初、最も利用された検索エンジンだった。検索でヒットするウェブサイトの情報が多かったため、人気を集めた。  

親会社は米コンピューターメーカー「DEC(デック)」であり、もともとDECの研究所で開発された。DECが米コンパックに買収されると、切り離された。その後、オーバーチュアに買収された。  

1995年、登録型検索サービスを主力とするヤフーから、それを補完するためのロボット型検索エンジンとして採用された。しかし、1998年にインクトゥミに乗り換えられてしまった。  

1998年ごろから、「アルタビスタが使いにくくなった」という悪い評判が立つようになった。単独のキーワードだけで検索すると、上位の7~8割はアダルトサイトに占拠される状態に陥った。  
ウェブクローラー
(WebCrawler)
(米国)
当初AOLが所有していたが、1996年、エキサイトが1200万ドルで買収。 その結果、無名に近かったエキサイトは突然、検索サービスの先頭集団に飛び出した。
インフォシーク
(Infoseek)
(米国)
ロボット型検索エンジンの先駆けである。   1994年1月、スティーブン・カーシュ氏が有料サービスを開始。   しかし、有料だと利用者が増えないことが分かり、同年夏に無料に切り替えた。   1996年10月に本格的にサービスを開始。  

インターネット上の文章を自動的に分類するパターン認識技術「ウルトラ・ディレクトリー」(ウルトシーク)が武器だった。   「ロボット型」に分類され、プログラムによって自動的にホームページの新規登録・更新作業を行った。   「ヤフー」よりもはるかに多くのサイトが登録された。  

■ 伊藤穣一氏が日本法人
1997年2月には、日本において、「ネット界のカリスマ」と呼ばれた伊藤穣一氏が早くも「インフォシーク・ジャパン」を始めた。   伊藤氏は当時、自ら創業したデジタルガレージの社長を務めていた。  

伊藤氏は、研究者だった父親の転職に伴い、小中学校時代を米国で過ごした。   帰国後もアメリカンスクールに通い、日本の学校教育を受けなかった。   米国のシカゴ大学などでコンピューターを1年、物理学を1年半学び、中退した。   その後、ナイトクラブDJやハリウッドのプロデューサーの手伝いを経験した。   小さいころからコンピューターの天才ぶりを発揮し、13歳のときに父の働く米国企業の太陽電池制御ソフトを書いたほどだった。   再度帰国した後の1993年、自宅マンションのトイレや洗面所に機器を置いてホームページ「富ケ谷」をつくり、個人でも情報発信ができることを本格的に示した。  

■ 米ディズニーが買収
その後、米インフォシークは、米ディズニーに買収された。ディズニーは1998年6月にインフォシークの株式の43%を取得したうえで、1999年7月に完全買収。社名をインフォシークからゴー・ドット・コム(Go.com)に変えた。ディズニーのコンテンツや、傘下にある米3大ネットワークの1つであるABCなど、多様なコンテンツの入り口となることを目指していた。しかし、思うように売り上げが伸びなかった。  

■ 楽天が買収
その後、日本の「楽天」が2000年12月、米ディズニーからインフォシークを買収。   オンライン辞書など新サービスを打ち出すとともに、楽天の利用者に相互に行き来してもらう策を取った。   楽天は自分たちで検索エンジンを作ることも考えたが、社内の人材には限りがあった。   赤字会社ではあったが、楽天と共同でマーケティングを行っていけば広告費が圧縮でき、赤字幅は小さくなるだろうと考えた。  

なお、日本法人インフォシーク(東京都渋谷区)は2001年3月16~18日の3日間にわたるシステム・トラブルが原因で、無料のメール・サービスである「インフォシークメール」のデータの一部を消失してしまうという事件を起こした。米ゴー・ドット・コムのシステム障害が原因だったされる。
エキサイト
(Excite)
(米国)
カリフォルニア州クパティーノのガレージを根城にしていた6人のスタンフォード大学の卒業生によって作られた。

■ 1993年にスタンフォード大学の卒業生が創業
   創業日は1993年2月28日。当初は「アーキテキスト・ソフトウェア」という会社名だった。インターネットで入手できる多量の情報を管理するソフトウエアツールの開発から始まった。これが、「自動ハイパーテキスト・リンク」「主題ごとのグループ化」「自動抽出などの機能を備えた検索ツール」などへと発展し、「エキサイトサーチ」という検索エンジンとして立ち上がった。        

■ 1995年10月にサービス開始
「エキサイトサーチ」は1995年10月にサービス開始。すぐに人気を呼び、マイクロソフトのMSNやネットスケープにもエンジンを提供するようになった。このころ、エキサイトと社名変更。1996年4月に上場し、3900万ドルの資金調達に成功した。    

■ 「ページランク買い取り」提案を拒否
創業間もないGoogleから、「ページランクを買い取らないか」との提案を受けたが、拒否した。 

■ AT&T傘下に
高速インターネット接続会社の「アットホーム」が1999年1月に67億ドルで買収すると発表。   アットホームはAT&T傘下で、買収後に誕生した「エキサイト・アットホーム」の議決権のある株式の56%は、AT&Tが保有した。  

■ ●2001年に倒産
2001年10月、裁判所に破産宣告を申請した。2002年倒産。 

■ ●日本では大手ポータル・サイトの一つに
■日本で「エキサイト掲示板閉鎖騒動」 日本法人は「エキサイト」(東京都渋谷区)。大手ポータル・サイトの一つになった。   その日本で2001年3月、自社サイトにある複数の掲示板を突如削除し始めるという騒動が勃発する。   公序良俗に反する書き込みが増え、利用者同士のトラブルが発生する可能性が高くなったためだ。   利用規約に従い、該当する掲示板の利用者には、削除する旨を事前に通告しなかった。  

米国本社の倒産後、伊藤忠商事が日本法人を買収。
インクトゥミ
(Inktomi)
(米国)
ロボット型の検索エンジン。定期的に世界中のホームページを自動探索してデータベースを更新していた。米国YAHOOや日本のNTT系の「goo」などの検索エンジンとして、あるいは企業や官庁のウェブサイトにある簡易検索エンジンのソフトとして使われた。自社ブランドで展開していなかったため、社名はあまり知られていなかった。  

カリフォルニア大学バークレー校のコンピュータ・サイエンスを教えていたエリック・ブレーナー博士らが1995年に開発。   コンピュータ雑誌「ワイヤード」向けの検索エンジンとして始まった。   これが好評だったことから事業化に乗り出し、1996年に会社を設立した。  

NTTが当時無名だったインクトゥミを知ったのもネット上だった。   広告もほとんど行っていないインクトゥミにアプローチをかけたのもNTTのほうからだった。

   1998年6月に米ナスダック上場。
千里眼
(Senrigan)
(日本)
日本初のロボット型。1994年6月スタート。
オーディン
(ODiN)
(日本)
1995年10月20日に公開された、日本のインターネット黎明期を代表するロボット型検索エンジン。読み方は「オーディン」。日本で2番目に誕生したロボット型検索サービス。東京大学の大学院生だった原田昌紀氏が、個人プロジェクトとして独力で開発した。
人間がWebサイトを分野別に整理するディレクトリ型検索サービスとは異なり、専用プログラムがインターネット上を巡回してWebページを自動収集し、その内容を索引化する方式を採用していた。重要度が高いと推測されるページを優先して収集するほか、一つの文書として構成された複数のページをまとめて扱い、外部サイトから張られたリンクなど、Web特有の構造を検索順位に反映させる機能も備えていた。
原田氏は1998年、東京大学大学院総合文化研究科の修士課程を修了してNTTに入社。これに伴ってODiNの運用もNTTの研究所へ移された。当初は光ネットワークシステム研究所、その後は未来ねっと研究所で運用され、一般向けの検索サービスであると同時に、検索結果の順位付け、関連ページの発見、検索結果のグループ化、Webディレクトリの自動拡張など、新しい情報検索技術を試すための公開実験システムとして活用された。
オーディンの検索システムは段階的に改良された。1995年10月20日の初期版「PROTO-TYPE」、1996年3月4日の第2世代「TEST-TYPE」に続き、1997年12月24日には第3世代「PRODUCTION-TYPE」が導入された。この第3世代で使用された全文検索エンジンが「Freya(フレイヤ)」である。
「Freya」はオーディンそのものの別名ではなく、オーディンを支えていた検索ソフトウェアの名称だった。UNIX系のコンピューターで動作するフリーウェアとして一般公開され、1998年1月にはバージョン0.91と0.92が相次いで配布された。日本語を扱える全文検索ソフトがまだ少なかった時代に、Webサイトや文書群の検索システムを自前で構築するための貴重な選択肢の一つとなった。
1999年9月10日には、Javaで実装され、サーブレットとして動作する第4世代の検索エンジン「Jerky(ジャーキー)」へ移行した。その後もオーディンはNTTにおけるWeb検索技術の研究基盤として運用されたが、Googleなどの大規模な商用検索エンジンが急速に台頭するなか、2002年4月をもって一般向けサービスを休止した。
オーディンは巨大な商用ポータルへ発展した検索エンジンではない。しかし、一人の大学院生によって始められた国産のロボット型検索サービスが、後にNTTの研究プロジェクトへ引き継がれ、全文検索や検索順位付けの実験に利用されたという点で、日本の検索エンジン開発史における先駆的な存在だった。
ライコス
(Lycos)
(米国)
映像や音声ファイルの検索で強みを発揮した。一時、ページビューで老舗のヤフーを追い抜いたこともあった。  

2000年、スペインの通信最大手テレフォニカの子会社「テラ・ネットワークス」に買収された。

日本でも1998年4月、「ライコスジャパン」が立ち上がった。 住友商事50%、米ライコス40%、IIJ(インターネット・イニシアティブ)10%の出資で設立。 住友商事出身の吉田和男氏が社長に就任した。 半年後の1998年10月に、日本向けの検索エンジンをスタートさせた。 2000年4月には1日あたり650万ページビューを突破した。 2002年12月には「インフォシーク」を擁する楽天が筆頭株主に。
マゼラン
(Magellan)
(米国)
1996年6月、エキサイトが1800万ドルで買収した。
ノーザンライト
(Northern Light)
(米国)
2000年11月の米コンピューター誌「PCマガジン」の検索エンジン評価で、Googleとともにトップの点数を得た。
HotBot
(ホットボット)
(米国)
「インクトゥミ」の技術によって生まれた検索サービス。
goo(グー)
(日本)
NTT。1997年3月27日サービス開始。 「日本を代表するロボット型検索」と言われたが、基本エンジンは米インクトゥミ社製だった。  

ただ、日本のロボット型検索には言葉の壁があった。 英語の場合は単語が独立しているのに対し、日本語は文章の中に単語が埋没する。   この単語の「切り出し」技術が別途必要で、その技術の優劣が、日本語版の使い勝手を左右することになった。  

広告を扱ったのはNTT系列の広告会社であるNTTアド。   他にも「インターネットTVガイド」など、NTTの持つ技術力を背景にインターネット広告の分野で扱いを伸ばした。  

2025年、「gooブログ」が閉鎖に追い込まれた。
フレッシュアイ
(日本)
日本発。東芝の一事業部門として1998年6月からサービスを開始。「鮮度優先」の検索エンジンだった。  

1998年12月から、東芝本体から切り離され、東芝、凸版印刷、電通の共同出資による新会社「フレッシュアイ」(瀬川英夫社長)としてスタート。  

検索エンジンは通常、量の豊富さが競われるが、フレッシュアイはこれを逆手にとり、一カ月を超えた情報は切り捨て、新たに加えられる情報の蓄積を検索できるサービスが特徴だった。「最新情報に強い検索エンジン」として一定の評価を得た。ホンダが公式サイト内の検索用ツールとして活用したこともあった。  
テオマ
(Teoma)
(米国)
米ニュージャージー州のラトガーズ大学のコンピューター科学専門の教授たちが始めた。   米国防省が資金を提供した。   第一世代「アルタビスタ」、第二世代「Google」に続く第三世代の座を狙っていた。   2001年9月1日早朝、アスクジーブス(Ask.com)に買収された。
MSNサーチ
(米国)
マイクロソフトが提供する検索サービス。   初期の段階では独自エンジンではなく、他社エンジンを利用していた。   後に自社でアルゴリズムやインデックスを開発し、Bing(ビング)へと発展していった。
A9
(米国)
アマゾンが開発した検索エンジン。   自社ショッピングサイトの検索機能を拡張するために設計され、ウェブ検索・画像検索・商品検索などを統合した。   アマゾンの購買データと連動させることにより、ユーザー行動の最適化を狙った。   当初は独立したサービスとして運営されたが、後にコア技術がアマゾン内部検索に統合された。
アスク・ジーブス
(Ask Jeeves)
(米国)
1996年にカリフォルニア州バークレーで創業。 キーワード入力ではなく、「自然言語(話し言葉)」での質問に答えることを売りにした検索エンジン。   執事のキャラクター「Jeeves(ジーブス)」が有名で、ユーザーフレンドリーな検索体験を提供し、一時は初心者層に高い人気を誇った。   2001年に「テオマ」を買収し、検索技術を強化。Googleの強力なライバルになると目されたときもあった。   後に社名を「Ask.com」に変更した。
オールザウェブ
(AlltheWeb)
(ノルウェー)
ノルウェーの「FAST Search & Transfer」社が1999年に立ち上げた検索エンジン。   当時、Googleに匹敵、あるいは凌駕するほどの「検索スピード」と「データベースの規模」を誇り、検索マニアや技術者から熱狂的な支持を受けた。2003年にオーバーチュア(後のヤフー)に買収され、せっかくの独自技術が表舞台から消えてしまった。
オーバーチュア
(Overture)
(米国)
1998年、ビル・グロス(「債券王」として知られる著名投資家ビル・グロスではない)によって設立された。 当初は「GoTo.com」という名前だった。
従来の検索エンジンとは異なり、検索結果の順位を「広告主が支払うクリック単価(入札制)」で決定する「ペイ・フォー・プレースメント」モデルを初めて導入した。   当初は「金で順位を買うのか」と批判されたが、結果的に最も収益性の高いビジネスモデルとなり、ヤフーやMSNなどのポータルサイトに検索結果(広告)を配信するバックエンドとして巨額の富を築いた。   2001年に社名を「オーバーチュア」に変更。2003年にヤフーに買収された。
ドッグパイル
(Dogpile)
(米国)
1996年にアーロン・フリンによって開発された「メタ検索エンジン」。   独自のデータベースを持たず、Yahoo、Lycos、Excite、AltaVistaなど、当時乱立していた複数の主要検索エンジンに一斉に問い合わせを行い、結果をまとめて表示する仕組みだった。   「どのエンジンを使えばいいかわからない」という当時のユーザーの悩みを解決し、犬のキャラクターとともに親しまれた。

なぜGoogleが圧勝したのか

(1)「ポータルサイト化」の罠と失敗

上記の一覧にある初期の検索エンジン(ヤフー、エキサイト、ライコスなど)の大半は、途中から検索そのものではなく「総合ポータルサイト化」による囲い込み競争へと走りました。 彼らの戦略は、天気予報、ニュース、株価、占い、チャットなど、あらゆるコンテンツをトップページに詰め込み、ユーザーをサイト内に長時間滞在させること(スティッキネス=粘着性)で、バナー広告の表示回数を稼ぐというものでした。

ITバブル崩壊と「重すぎる」画面

しかし、このモデルは早々に崩壊します。 オンライン広告全体の約7割を出稿していたドットコム企業の多くが、2000年春のネットバブル崩壊とともに経営不振に陥ると、広告収入に依存していたポータルサイトの経営も連鎖的に悪化しました。 何より致命的だったのは、機能過多で画面表示が遅くなり、本来の目的である「検索」がおろそかになったことです。ユーザーは「情報を探したいのに、余計なものを見せられる」ことに疲れ果てた状態になりました。

(2)従来の「ロボット型」の限界とスパム

一方、Google以前の「ロボット型検索エンジン(アルタビスタ等)」にも、技術的な限界がありました。 コンピュータの自動プログラムがネット上のHPを収集するまでは良かったのですが、順位付けの基準が単純すぎたのです。 当時は「そのキーワードがページ内に何回登場するか(出現頻度)」や「メタタグに何が書かれているか」を重視していました。

アルタビスタがゴミ箱に!?

その結果、検索順位を上げるためにキーワードを無意味に羅列するなどのスパム行為が横行しました。 ユーザーは検索するたびに「膨大なゴミのリスト」を突きつけられ、途方に暮れることになりました。 登録型に比べ情報量は圧倒的ですが、肝心の「正解」に辿り着けない――それが当時のロボット型の限界でした。

(3)圧倒的な「質の勝利」

この閉塞感を打破したのが、前述したGoogleの「PageRank(ページランク)」です。 創業者ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏が持ち込んだ「学術論文の引用評価」という概念は、スパムだらけのウェブに秩序をもたらしました。

  • 「多くのサイトからリンクされているページは、重要度が高い」
  • 「重要なページからリンクされているページは、さらに重要度が高い」

この「リンク=他者からの客観的投票」という指標を取り入れたことで、Googleはキーワードの出現回数に騙されず、人間が「良質だ」と感じるサイトを魔法のように上位表示してみせました。 他社がポータル化で画面を埋め尽くす中、Googleは「白い画面に検索窓だけ」という超シンプルな操作画面=UI(ユーザー・インターフェース)を貫き、徹底的に「検索順位の質」と「表示スピード」にこだわり抜いたのです。

深層ウェブとインデックスの壁

もっとも、Googleとて万能ではありませんでした。 2000年代半ばの時点でも、数百億を超える世界中のウェブサイトの中で、大手検索エンジンが定期的に情報収集(インデックス登録)できているのは全体の2割程度(表層ウェブ)にとどまっていると見られていました。 残りの8割はデータベースの奥底にある「深層ウェブ」であり、当時の技術では到達困難でした。 しかし、Googleはその限られた2割の中で、ユーザーにとって最も価値のある数%を的確に提示することで、ユーザーの信頼を勝ち取ったのです。

(4)検索エンジン戦争の終結とビジネスの確立

結局、検索エンジン戦争はGoogleの圧勝に終わりました。 その要因は、創業者2人の「検索品質への執念」と、2001年にCEOとして招かれたエリック・シュミット氏によるビジネス面での手腕が見事に融合した点にありました。

「AdWords」という発明

シュミット氏は、オーバーチュアが考案した検索連動型広告をさらに洗練させ、「AdWords(アドワーズ)」として収益化しました。 ユーザーの邪魔をするバナー広告ではなく、検索意図に寄り添ったテキスト広告を表示するこのシステムは、Googleに莫大な利益をもたらしました。そしてその利益をサーバー増強や技術開発に再投資するという「無敵のサイクル」が完成したのです。 「ポータル(滞在させる)」ではなく「検索(すぐに目的の場所へ飛ばす)」ことに徹したGoogleが、逆説的に最も多くのユーザーを惹きつけることになった、ということです。



20年後の大転換

リンクよりコンテンツを評価

その後、2020年前後に検索エンジン・アルゴリズムの大きな転換期が到来しました。 Googleの検索順位において、「リンク評価」の重要性が低下したのです。 創業の原点ともいえる「ページランク」は、「コンテンツ評価」などに主役の座を奪われました。

「中身重視」という精神は不変

「不自然なリンク」「無意味なリンク」は無視されるどころか、ますます有害(減点要素)なものとして扱われるようになっているようです。それでも、価値の高いコンテンツの本文内に「参照元」として掲げられるリンクは依然として有益だと思われます。いうなれば、「ページランク」というシステムそのものは縮小したものの、その背景にあった「中身重視」という精神やコンセプトは、一段と重要になったといえるでしょう。



検索エンジン開発における日本の敗北

アメリカに抜かれ、独占を許す

Googleの登場以前、日本の情報検索や解析の研究は、アメリカよりも盛んでした。 しかし、ビジネスモデルの構築につながりませんでした。 様々な技術要素を組み合わせてこそ動き出す「仕組みづくり」に失敗したのです。 研究開発の水準は維持されながらも、人的・資金的なリソース面では縮小傾向になりました。 その間、Googleなどの米国勢が世界市場をほぼ独占してしまいました。

「日の丸検索エンジン」の挫折

この後、日本では、役所が主導して「日の丸検索エンジン」を目指しました。 例えば2005年12月、経済産業省商務情報政策局長の私的研究会として「情報大航海時代研究会」が発足。2006年6月には研究会が産官学コンソーシアム「情報大航海プロジェクト」に発展しました。 コンソーシアムには東京大学、早稲田大学などの研究機関のほかIT、メディア、通信など38企業・団体が参加しました。しかし、成果が出ず、失敗に終わりました。(参考:首相官邸/経済産業省商務情報政策局の資料

参考
<経済産業省(経産省、旧通産省)による歴代の失敗プロジェクト(IT系)一覧>
名称 概要
日の丸検索エンジン開発(情報大航海プロジェクト)
(2007~2009年度)
Googleなど米国企業の検索サービスが急速に成長するなか、経産省が2007年度から3年間実施した次世代検索・情報解析技術の研究開発プロジェクトだ。企業や大学など約50機関が参加し、総額約150億円が投じられた。

当初は、Googleに対抗する「日の丸検索エンジン」を開発する構想として注目された。その後、事業の目的は画像・動画・購買履歴などを横断的に検索・分析する技術や、個人情報を保護しながら情報を活用する技術の開発へと広がった。

個別の実証実験や技術開発は行われたものの、Googleに対抗できる統一的な国産検索サービスや事業基盤は生まれなかった。成果が参加企業ごとの実証事業に分散し、広く利用される商用サービスに結びつかなかったことから、「日の丸検索エンジン構想の失敗」として取り上げられることが多い。
Σ(シグマ)プロジェクト
(1985~1990年)
将来、ソフトウエア技術者が不足する事態を見据え、日本語で使える業界標準のソフトウエア開発ツールを作ろうというもので、1985年から5年間かけて250億円投じたが、互換性のないワークステーションと、性能の悪いツール群しか開発できず失敗した。
第5世代コンピュータ
(1982~1992年)
通産省が約540億円を投じて実施した国家プロジェクトだ。財団法人新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)を設立し、人工知能、知識情報処理、並列推論などを得意とする次世代コンピュータの開発を目指した。

論理型プログラミング言語「Prolog」を中心とする独自のコンピュータ体系を構築し、並列推論マシンなどを試作した。研究面では一定の成果を残したが、専用ハードウエアと独自言語を前提としたため、汎用性や既存ソフトとの互換性に乏しかった。

計画期間中に、汎用マイクロプロセッサーやワークステーション、パソコン、インターネットが急速に発展したため、専用マシンの優位性も失われた。研究成果は広く普及する商用コンピュータやソフトウエア産業に結びつかず、技術的成果はあったものの、産業政策としては失敗だったと評価されることが多い。
ジャパンディスプレイ(JDI)
(2012年~)
液晶パネル産業の国際競争力を回復させるため、ソニー、東芝、日立製作所の中小型液晶事業を統合して2012年に発足した「官製業界再編」の代表例だ。経産省所管の産業革新機構が中心となり、設立時に約2000億円を出資した。

スマートフォン向け液晶パネルで成長を目指したが、売上高の多くをAppleに依存する一方、スマートフォン市場では液晶から有機ELへの移行が進んだ。需要の変化に対応できず、工場の過剰設備と巨額の固定費を抱え、赤字が常態化した。

政府系ファンドから追加出資や融資を繰り返し受けたものの、抜本的な再建には至らなかった。INCJは2025年に保有するJDI株式をすべて売却し、投融資総額約4620億円に対して、最終的な損失は約1547億円となった。会社自体は存続しているが、政府主導の業界再編としては大きな損失を残した。
エルピーダメモリ
(1999~2012年)
韓国や米国の半導体メーカーに対抗するため、通産省の後押しを受け、1999年にNECと日立製作所のDRAM事業を統合して設立された。2003年には三菱電機のDRAM事業も加わり、日本で唯一の大手DRAM専業メーカーとなった。

巨額の設備投資が必要なDRAM市場で、韓国のサムスン電子やSKハイニックスなどとの価格競争にさらされた。2009年には産業活力再生特別措置法に基づく公的支援を受け、日本政策投資銀行が300億円を出資したほか、政府保証付き融資も実施された。

しかし、DRAM価格の下落、円高、設備投資負担などによって経営が悪化し、2012年2月に会社更生法の適用を申請した。負債総額は約4480億円で、製造業として当時最大の経営破綻となった。約280億円の公的負担が生じ、その後、事業は米国のマイクロン・テクノロジーに買収された。
日本ソフトウェア
(1966~1972年)
1966年、日立製作所、日本電気(NEC)、富士通、日本興業銀行が出資して設立されたソフトウエア開発会社だ。

通産省が進めていた「超高性能電子計算機開発プロジェクト」の一環として、国産コンピューター3社で共通利用できるOSを開発する構想だった。しかし、各社の利害やコンピューターの仕様を統一できず、開発した共通ソフトウエアは実用化されなかった。

政府からの開発委託が終わると経営不振に陥り、1972年12月に解散した。Σプロジェクトより約20年早い「国産共通ソフトウエア開発の失敗例」として位置づけられる。
BTRON教育用パソコン構想
(1986年~)
国産OS「TRON」をベースに、通産省と文部省が教育用パソコンの標準規格として普及させようとした。メーカーを集めて国産OSと統一仕様のパソコンを作ろうとしたが、製品とソフトが揃わず、WindowsとIBM PC互換機の普及にも対抗できなかった。

1989年には、米国通商代表部が外国製コンピュータを排除する可能性があるとして、BTRONを米国通商法スーパー301条の対象候補に挙げた。その後、政府による教育用パソコンの統一規格化は事実上後退した。

TRON自体は組み込み用OSとして広く普及したため、TRONプロジェクト全体が失敗したわけではない。しかし、BTRONを学校向けパソコンの標準OSとして普及させる構想は実現しなかった。
JOLED
(2015~2023年)
JDIと並べて扱うべき「官製業界再編」である。

2015年、ソニーとパナソニックの有機ELディスプレー開発部門を統合して発足した。経産省所管の官民ファンド、産業革新機構・INCJが中心となり、「印刷方式」による低コスト有機ELパネルの量産を目指した。

INCJの累積投融資額は約1390億円に達したが、量産ラインの稼働が遅れ、歩留まりと価格競争力を確保できなかった。2023年3月、負債約337億円を抱えて民事再生法を申請し、製造・販売事業から撤退した。
基盤技術研究促進センター
(1985~2003年)
これは個別プロジェクトではなく、官民共同研究を量産するための制度そのものの失敗例だ。

1985年、通産省と郵政省の共管で設立された。政府が研究開発会社の費用の最大7割を出資し、完成した技術の特許料や配当で資金を回収する仕組みだった。

会計検査院によると、研究開発会社74社への出資額は約2790億円に達したが、特許収入などは総額約30億円にすぎず、配当を実施した会社は皆無だった。会計検査院は約2380億円の損失処理が必要になると試算している。センター自体も制度見直しによって解散した。

官民共同研究では参加企業が多すぎて責任の所在が曖昧になり、研究成果を実際に商品化する企業が現れない、という典型例だ。
リアルワールド・コンピューティング(RWC)プロジェクト
(1992~2001年度)
第5世代コンピュータの後継的事業として、1992年度から10年間実施された。画像・音声認識、人工知能、並列分散処理などを研究した。

個別の研究成果はあったため「完全な失敗」とは断定しにくい一方、成果が日本発の商用コンピューター、OS、AI基盤などに結びつかなかったという批判がある。
クールジャパン
(2010年~)
アニメ、漫画、映画、音楽、ゲーム、ファッション、食などの日本文化を海外へ売り込み、関連産業の成長につなげる政策だ。経産省は2010年に「クール・ジャパン室」を設置し、海外展開の支援を本格化させた。

2013年には、経産省所管の官民ファンド「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」を設立した。政府資金を中心に、海外の商業施設、放送・動画配信、飲食、小売り、コンテンツ事業などへ出資した。

しかし、需要予測の甘さや投資判断の遅さ、民間企業との責任分担の曖昧さなどから損失案件が相次いだ。2025年度末の累積損失は約540億円に達し、政府は2026年8月、同機構を廃止する方向で見直す方針を示した。

日本のアニメや食文化などの海外人気そのものは拡大したが、それを政府主導の投資事業として収益化する仕組みは成功しなかった。

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検索全盛期の終焉とSEO

AIの普及により、検索エンジンの全盛期を終焉を迎えた。これに伴い、SEOの重要性もやや低下した。 かつては、知りたいことがあれば、ネットで検索するしかなかった。 しかし、チャットGPT(ChatGPT)やGemini(ジェミニ)などの生成AIに質問したほうが、 速やかに、かつ詳しく回答が得られるケースが増えてきた。

AIとの差別化

AI時代において、SEOの観点から重要になるのが、AIの回答との差別化である。 具体的には、以下の項目において、差別化を推進しなければ、「サイト」として生き残るのが難しくなる。

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作家的な美的センスや知的センスがなければ、生成AIには勝てない。独創的な発想・着眼点、小説家のような読みやすさ、イラスト家のような親しみやすさが必要だ。

一覧性

知りたいことが一発で分かったり、全体の中での位置づけが把握できるような「一覧性」がなければ、存在価値がなくなる。

マニア性・当事者性

マニアにしか分からない内容、当事者じゃないと分からない体験情報は、価値がますます高くなる。

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